犬の奥歯(上顎第4前臼歯)が欠けた・折れたときの原因と治療法

目次

〜獣医学論文からわかった、治療法と予防のポイント〜

  • 「愛犬の奥歯が欠けている」
  • 「奥歯が割れているみたい」
  • 「歯が折れたかもしれない」
  • 「奥歯に赤い神経が露出して出血した」

これらはすべて、動物病院の歯科診療で非常によくある相談内容です。今回は、こうしたトラブルが起こりやすい奥歯(上顎第4前臼歯)について、これまでに報告されている論文のデータを参考にわかりやすくまとめてみました。

その奥歯、実は一番折れやすい歯です

上顎第4前臼歯は、上あごの奥にある大きな奥歯です(「裂肉歯(れつにくし)」とも呼ばれます)。硬いものを噛み砕くときに最も強い力がかかる歯で、犬の歯の中でも特に「欠けたり」「割れたり」することが多いことが知られています。

  • ある調査では、犬の歯の破折のうち、9割以上がこの上顎第4前臼歯で起きていると報告されています[1]。
  • 硬いおもちゃや骨、ひづめ、鹿の角、牛皮、などを噛んでいるうちに、この奥歯が欠けてしまう犬は少なくありません。

当院でも、硬いおもちゃやガムを好んで噛む犬で、この奥歯の破折についてのご相談を受けることが多いです。

犬の右上顎第4前臼歯が破折し、破折片から出血が見られる口腔内写真
犬の右上顎第4前臼歯の破折。破折片からの出血が見られ、歯髄が露出していることが示唆されます。

大事なのは「レントゲンで病変があるかどうか」

奥歯が欠けたり割れたりしたとき、見た目で「神経が出ているか、出ていないか」を気にする方が多いのですが、実はそれだけでは判断できません。

上顎第4前臼歯を対象にしたある研究では、見た目で神経の露出が明らかに認められない破折の奥歯であっても、約4本に1本の割合でレントゲン上に根っこの先(根尖・こんせん)の病変が見つかったと報告されています[2]。つまり、神経が露出しているかどうかだけで、その歯の今後の経過が決まるわけではないということです。

つまり、

  • 「神経が見えていないから大丈夫」とは言えない
  • 一方で、神経が出た状態を放置すると、口の中の細菌によって神経が壊死し、根っこの先(根尖)に病変ができやすくなることが報告されています[3]
  • そのため、歯の状態を正しく評価するためには、歯科用のレントゲン検査が欠かせません

当院では、神経が出ているかどうかだけで判断せず、レントゲンで根っこの周りに炎症の跡(病変)がないかを確認したうえで治療方針を決めるようにしています。

犬は人間と違って、痛くてもあまり症状に出さず、普通にごはんを食べ続けることが多いということが、臨床現場ではよく知られています。「元気に食べているから大丈夫」とは言い切れないのです。

犬の上顎第4前臼歯の根管治療中に撮影した歯科レントゲン画像
上顎第4前臼歯の根管治療中に撮影した歯科用レントゲン画像。根管内の状態を確認しながら処置を進めています。

放置するとどうなるの?

レントゲンで病変が見つかった歯や、神経が出てしまった歯を治療せずに放っておくと、時間の経過とともに次のような状態に進行することがあります。

  • 歯の中の神経が壊死し、根っこの先に慢性的な炎症が起こる(見た目にはわかりにくいこともあります)
  • その結果、根っこの先に膿がたまり(根尖膿瘍)、次第に周囲の骨を溶かしていく
  • 進行すると、目の下あたりの皮膚に穴が開いて膿が出てくる「眼窩下膿瘍」につながることがあります。この奥歯(上顎第4前臼歯)は、眼窩下膿瘍の代表的な原因歯であることが、文献で示されています[4]。ただし、欠けたり割れたりした歯のうち具体的に何%が眼窩下膿瘍に進行するかという発生率までは、今回確認した文献の範囲では明らかになっていません

つまり、「歯が欠けた・割れただけ」で終わらず、放置期間が長くなるほど、治療の選択肢が狭まったり(根管治療が難しくなり抜歯一択になるなど)、感染による痛みや炎症が慢性的に続いたりする可能性があるということです。

犬の左頬から排膿と出血が見られる眼窩下膿瘍(外歯瘻)の写真。上顎第4前臼歯の根尖感染が原因
左頬から排膿と出血が見られる眼窩下膿瘍(外歯瘻)。上顎第4前臼歯の根尖に生じた感染が進行し、皮膚に穴が開いて膿が排出されている状態です。

治療の選択肢

奥歯が欠けた・割れた・折れたとき、治療法としては大きく分けて2つの選択肢があります。当院では、麻酔下で歯髄の状態や割れ方、レントゲンの所見を総合的に確認したうえで判断します。

①抜歯(歯を抜く)

一番確実な方法です。感染のもとを完全に取り除けるので、非常に確実性の高い治療法です。

②根管治療(こんかんちりょう・抜髄)

歯の内部にある神経(歯髄)を取り除く治療法です。細菌に感染した神経を取り除き、中をきれいにして薬を詰め、歯の形態をコンポジットレジンで修復します。

上顎第4前臼歯についての研究データを以下に示します

  • ある調査(127本の歯を対象、この奥歯を含む複数の歯種)では、約7割がしっかり成功、約2割はおおむね良好という結果でした[5]
  • 20年後に同じ病院で行われた追跡調査でも、成功率はほとんど変わっていなかったと報告されています(根管治療には、材料や技術の進歩だけでは超えにくい成功率の限界があることを示唆しています)[6]
  • 歯ぐきの状態(歯周ポケットの深さ)が悪いと、根管治療の成功率が下がることもわかっています[7]
  • 上顎第4前臼歯120本を対象にした研究では、使用する薬剤の種類によらず非常に高い成功率が得られたと報告されています[8]

当院では、少しでも成功率を高め、歯を長く保存できるよう、使用する道具や材料、技術のアップデートに日々取り組んでいます。

犬の根管治療(抜髄)の様子。ラバーダムを使用し清潔な環境下で処置を行っている口腔内写真
ラバーダムを使用し、清潔な環境下で根管治療(抜髄)を行っています。

2つの治療法のちがい

当院では、歯や歯ぐきの状態、費用面、術後の通院負担、その子の年齢や基礎疾患、麻酔リスクなども踏まえたうえで、飼い主様のご希望も考慮しつつ治療方針をご相談しながら決めています。それぞれの治療法のメリット・デメリットは以下の通りです。

抜歯

  • メリット : 感染源を確実になくせます。処置後の再発リスクがほぼなく、非常に確実性の高い治療法です。
  • デメリット : 歯そのものがなくなるため、噛む機能の一部が失われます。
犬の破折した上顎第4前臼歯の抜歯前後の比較写真。左は抜歯前の割れた歯、右は抜歯後の口腔内の様子
破折した上顎第4前臼歯の抜歯前後。左:破折により歯冠の一部が欠けている状態。右:抜歯後の様子。感染源となっていた歯を確実に除去しています。

根管治療(抜髄)

  • メリット : 歯を抜かずに残せるため、噛む機能を保てます。見た目も大きくは変わりません。
  • デメリット:抜歯のような確実性はありません。歯ぐきの状態が悪いと成功率が下がることや、術後も定期的な再診で経過を確認する必要があることがあります。また、歯を修復する際に使うコンポジットレジンは、ずっと使い続けられる丈夫な素材ではなく、硬いものを噛んで欠けたり、経年劣化によってすり減ったりすることがあります。再び歯が割れたり折れたりしてしまった場合は、メタルクラウンやジルコニアクラウンを作成して設置するか、抜歯を検討することになります。なお、通常のドライフードなど普段の食生活であれば再破折の心配はほとんどなく、いつも通りの生活を送っていただけます。
犬の根管治療後1年経過、レジン修復部の状態
根管治療から約1年後の様子。歯を修復したコンポジットレジンにクラック(ひび割れ)や摩耗はまだ見られず、良好な経過をたどっています。

飼い主さんに知っておいてほしいこと

  1. 奥歯が欠けた・割れた・折れたと感じたら、たとえ小さな欠けでも一度動物病院で診てもらいましょう。 見た目だけでは根っこに病変があるかどうか判断できません。
  2. 普通にごはんを食べていても、痛みがないとは限りません。 犬は痛みのサインがわかりにくい動物です。
  3. レントゲンで病変が見つかった場合は、放置せずに注意が必要です。 時間が経つほど感染が進み、選べる治療の幅も狭くなります。病変が見つからなかった場合も、今後どのように経過を見ていくか、獣医師としっかり話し合っておきましょう。
  4. 抜歯と根管治療(抜髄)は、どちらも歯科に詳しい動物病院で行われている治療の選択肢です。 抜歯に抵抗を感じる飼い主さんも多いですが、必ずしも「悪い選択」ではなく、確実な方法のひとつです。
犬の上顎第4前臼歯の根管治療から3年後の口腔内写真。歯冠に軽度の歯石付着があるが歯肉の状態は良好
根管治療から3年後の様子。歯冠には軽度の歯石付着が見られますが、歯肉の状態は良好で、特に問題は認められません。

破折を予防するために

硬すぎる骨やひづめ、鹿の角、牛皮、などを噛ませることは、この奥歯(上顎第4前臼歯)が欠けたり割れたり折れたりする大きな原因のひとつです。噛ませてよい硬さの目安として、「爪で押しても凹まないくらい硬いもの」は避けるというものがあります[9]。硬さに不安がある場合は、与える前に一度動物病院にご相談ください。


この記事は、獣医学雑誌に掲載された研究論文や洋書をもとに、上顎第4前臼歯の破折(欠け・割れ・折れ)について飼い主さん向けにやさしくまとめたものです。実際の治療方針は、愛犬の歯や歯ぐきの状態、年齢、全身の健康状態によって変わりますので、必ずかかりつけの獣医師にご相談ください。犬歯の破折や猫の歯の破折については、また別の機会にご紹介します。


参考文献

  1. Soukup JW, Hetzel S, Paul A. Classification and epidemiology of traumatic dentoalveolar injuries in dogs and cats: 959 injuries in 660 patient visits (2004–2012). J Vet Dent. 2015;32(1):6-14.
  2. Goodman AE, Niemiec BA, Carmichael DT, Thilenius S, Lamb KE, Tozer E. The incidence of radiographic lesions of endodontic origin associated with uncomplicated crown fractures of the maxillary fourth premolar in canine patients. J Vet Dent. 2020;37(2):71-76.
  3. Effect of Alternative Palatal Root Access Technique on Fracture Resistance of Root Canal Treated Maxillary Fourth Premolar Teeth in Dogs. Front Vet Sci. 2020.
  4. Tooth Root Abscess (Apical Abscess). In: Veterian Key (veterinary reference resource), chapter 35.
  5. Kuntsi-Vaattovaara H, Verstraete FJM, Kass PH. Results of root canal treatment in dogs: 127 cases (1995–2000). J Am Vet Med Assoc. 2002.
  6. Lee DB, Arzi B, Kass PH, Verstraete FJM. Radiographic outcome of root canal treatment in dogs: 281 teeth in 204 dogs (2001–2018). J Am Vet Med Assoc. 2022.
  7. Evaluating periodontal probing depth and furcation involvement on the endodontic treatment of maxillary fourth premolar complicated crown-root fractures in 122 teeth. Am J Vet Res. 2025;86(2).
  8. Outcomes of root canal treatments with three different sealers for 120 fractured maxillary fourth premolar teeth in small- to medium-sized dogs. Front Vet Sci. 2024.
  9. American Veterinary Dental College (AVDC). “Fingernail test” guidance on chew/toy hardness for the prevention of tooth fracture in dogs.

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