はじめに
猫の口腔内を診察していると、下顎の奥歯(第1後臼歯)の頬側にある歯肉・粘膜が赤く盛り上がり、触れると出血しやすい病変に出会うことがあります。この病変は「化膿性肉芽腫(pyogenic granuloma)」と呼ばれることが多いのですが、実際には細菌感染による膿瘍ではなく、慢性的な機械的刺激(咬合による摩擦や外傷)に対する反応性の炎症性肉芽組織です。今回はこの病態について、近年の獣医学文献をもとに解説します。
この状態を「咬合性外傷」や「外傷性咬合」と表記することがあります。これらは元々、occlusal trauma(咬合性外傷)、traumatic occlusion(外傷性咬合)というヒトの歯科分野で用いられてきた用語に由来すると考えられます。しかし、猫における海外文献を確認すると、これらと全く同一の用語が用いられているわけではありません。Gracisらの報告(2015)ではタイトルに”traumatic dental occlusion”という、意味的に近い表現が使われている一方、他の報告(Riehlら2014、Hamilton・Hiscox 2024など)では”malocclusion(不正咬合)”や”traumatic lesions(外傷性病変)”といった表現にとどまり、ヒト歯科用語であるocclusal traumaやtraumatic occlusionがそのまま用いられているわけではありません。したがって当院では、この状態を指す日本語での確立した診断名は「まだない」と考えています。当院の診察時には、「このような腫瘤の報告はあり、明確な診断名はなく、病理の診断名として『化膿性肉芽腫(pyogenic granuloma)』が用いられています」とお話ししています。
どんな病変か
化膿性肉芽腫は、下顎第1後臼歯の頬側にある口腔前庭部(頬粘膜と歯肉の移行部にあたる、頬と歯列の間のスペース)に好発する増殖性の病変です。表面はやや脆く、触れると容易に出血する特徴があり、飼い主様が気づくきっかけとして「口を痛がる」「異常な咀嚼のしぐさをする」「口から出血している」といった主訴で来院されるケースが報告されています。
多くは片側性ですが、報告例では一定数の症例で左右対称に両側性の病変がみられており、口腔内検査の際には反対側も含めて注意深く観察する必要があります。
見た目や臨床経過だけでは腫瘍性病変(唾液腺腫瘍など、同じ部位に発生することがある病変)と紛らわしいことがあるため、確定診断には生検による病理組織学的検査が推奨されます。当院では、この部位の病変を摘出する際には必ず病理組織検査に提出し、他の腫瘍性病変との鑑別を行うようにしています。

原因:不正咬合との関係
この病変の発生には、上顎第4前臼歯と下顎の軟組織との間で生じる慢性的な咬合性接触(尾側性不正咬合、caudal malocclusion)が深く関わっていると考えられています。上顎の歯の先端が繰り返し下顎の歯肉・粘膜に当たることで組織が慢性的に刺激され、炎症性の肉芽組織が増殖していく、というメカニズムです。
このタイプの不正咬合を起こしやすい要因としては、次のようなものが挙げられています。
- 後天的な過蓋咬合(抜歯後の歯列変化などに伴うもの)
- 先天性、または外傷後に生じた不正咬合
- 下顎の左右方向の異常な可動性
- 前臼歯・臼歯の位置のずれ
- 歯槽骨の拡大
短頭種(ペルシャ、エキゾチックショートヘア、ヒマラヤンなど)でこうした不正咬合がみられやすい傾向がありますが、雑種猫を含むあらゆる猫種で起こり得ます。

治療のポイント
もっとも重要なのは、病変そのものを切除するだけでは再発しやすいという点です。実際に、病理組織学的に完全切除と判定されたにもかかわらず、数週間のうちに再発したという症例報告もあります。
再発を防ぐためには、病変の原因となっている咬合接触そのものを取り除くことが不可欠です。具体的な対応としては、
- 原因となっている上顎第4前臼歯の歯冠短縮(Crown Reduction)と歯髄処置(VPT)
- 原因歯の抜歯(上顎第4前臼歯の抜歯)
- 上記の咬合原因除去とあわせて、必要に応じて病変部の外科的切除
を組み合わせることで、良好な治療転帰が得られると報告されています。逆に言えば、咬合原因を残したまま病変だけを取り除いても、根本的な解決にはならないということです。

まとめ
- 猫の下顎第1後臼歯頬側にみられる増殖性の腫瘤病変は「化膿性肉芽腫」と呼ばれることが多い
- 感染性疾患ではなく、慢性的な咬合刺激による反応性の炎症性病変
- 上顎第4前臼歯との不正咬合が主な原因と考えられている
- 病変の切除のみでは再発リスクが高く、咬合原因の除去(歯冠短縮や抜歯)が必要
- 唾液腺腫瘍など他の腫瘍性病変との鑑別のため、生検による病理検査が望ましい
口腔内の出血や口を痛がるしぐさなど、気になる症状がある場合は、早めに全身麻酔下での口腔内検査・レントゲン検査を受けることをお勧めします。

参考資料
- Riehl J, Bell CM, Constantaras ME, Snyder CJ, Charlier CJ, Soukup JW. Clinicopathologic characterization of oral pyogenic granuloma in 8 cats. J Vet Dent. 2014;31(2):80-86. PMID: 25185331
- Gracis M, Molinari E, Ferro S. Caudal mucogingival lesions secondary to traumatic dental occlusion in 27 cats: macroscopic and microscopic description, treatment and follow-up. J Feline Med Surg. 2015;17(11):318-328. PMID: 25001492
- Hamilton MFA, Hiscox LA. Clinical Characterisation of Caudal Traumatic Malocclusions and Treatment Outcomes in Cats (2018-2022). J Vet Dent. 2024;41(2):114-121. PMID: 37312535
- Lewis JR. Another Zebra Diagnosis: Feline Pyogenic Granuloma. Veterinary Practice News, 2015.

